2008年2月23日 厚木市民文化会館大ホールにて。
ピアニッシモから、ゆっくり始まったので、
耳が慣れるまで、すこし時間がかかりました。
やっぱり、会場が大きすぎるのかしらとか、思いましたが、
徐々に、音が出てきたところをみると、
楽器の鳴りに時間がかかっただけかもしれません。
最初の合唱から、魅了されました。
(まあ、でも、冒頭は、もっと、ピシッとしていた方が、
私の好みですが・・・(好みの問題なので)
合唱は一人1パートだし、楽器の編成もものすごく少ない。
ヨハネの初稿はこういう感じだったんだそうです。
楽器は、ピリオド楽器で、そりゃあもう、私の好みです。
ヴィオラ・ダ・ガンバも入っているし。
ただ、チェロの方が、通奏低音で活躍する場面が多かったです。
あと、テオルボという、リュートの握る部分が長く延びたような楽器。
これも、通奏低音にほとんど入っていて、とっても趣がありました。
指でつまびく音というのは、とっても優しく聞こえます。
これに、チェンバロとオルガンが入って、時々、コントラバスも
加わります。
オーボエが二本・・・これが、素晴らしい音で、
時にトランペットのように華やかに、
時にトラヴェルソのようにきらきらと、いろんな音色を出していて、
オーボエと思えないほど、タダものじゃなく凄かったです。
あとは、素敵な女性のコンマスのヴァイオリンと
もう一人男性のヴァイオリン、ヴィオラが一人。
オーケストラの編成はこんな感じ。少ないでしょ。
9曲目のソプラノのアリアを聴いていた時のことです。
この、明るい、単純といえば単純な始まりのアリアを聴いていて、
ふっと涙がこぼれました。
こんな、明るい希望に満ちた曲でなんということでしょう。
受難のシーンでもなんでもないのに。
あまりに、美しいソプラノの声のせいでしょうか・・・
それとも、
「私も、また喜び勇む足取りで、あなたの後についていきます。
決してあなたから離れません。
私の命、私の光よ
歩みを運んでください
止まらないでください
私の手をひき、背中を押し、呼び寄せて下さい」というテクストの
せいでしょうか・・・
この後に起こることの、予感のせいでしょうか・・・
何だか、涙が止まらなくなってしまったのです。
その後からは、もう、すっかり、
この曲にインヴォルブされてしまって、
あんまり、冷静な心では聞いていられませんでした。
歌手陣も、オケも本当に素晴らしく、
また、フェルトホーフェンという指揮者の
パワフルな指揮から織りなされる音楽に
本当に同調し、至福の時を過ごさせていただきました。
ゲルト・テュルクも年を経て円熟した声で、
エヴァンゲリスタを歌い切りましたし、
ステファン・マクラウドのイエス様は本当に適役。
ヴォルフ・マチアス・フリードリッヒのピラトは
その容貌とあいまってひときわ、異彩を放って
圧巻でした。
ペーター・コーイの、比較的静かなピラトに慣れていた私には、
ちょっと、コペルニクス的転回がありました(笑)
そして、ソプラノ・ソロのマリア・ケオハナは
容貌も愛らしく、本当に素敵な声でした。
リビエーノ(ソリストを補強する歌手)のソプラノ、
アマリリス・ディールティンスも
物凄く上手いし、綺麗。
とにかく、みんなものすごい声の持ち主で、
アンサンブルも素晴らしくもう、なんというか、
言うことなし。
ヴィオラ・ダモーレは美しいし。
あると言ったら、テノールのソロがもう少し、
嘆いてくれたら、良かったかなとか。
今回、この曲を聴いて、作品について感じた事を少々。
21bの合唱「ユダヤ人の王様ばんざい!」の、明るさに隠された影とか、
21Fの合唱「私たちには、律法があります。律法によれば、この男は
死罪にあたります。自分を神の子だと言ったからです」の
おごそかな音楽にのった、集団の意志の恐ろしさとか。
音楽は、本当に美しいのに、恐ろしさが聞こえる曲想はすごかったです。
「十字架に!」の方が、まだ、正統法な怖さです。
「ゴルゴダ」はもう、本当に何度聴いても胸に迫る音楽。
バスの聞かせどころです。
終曲の合唱とコラール。
美しさと安らぎに、また、涙が・・・
(やれやれ、ハンカチ2枚持ってきて良かった)
終わった後に、何度も拍手で呼び出され、
笑顔で応えていた、素敵な音楽集団に、
私も心から、拍手を送ったのでした。
終わった後、舞台の上で、かたづけをしている、
コンマスにサインをしていただきました♪
サインをもらって、ちゃんと見ないでお話を続けていたら、
「どう、私のサインは?」と言われ、
あわててちゃんとみて、
「プリティ♪」と感想を言っときました。
(何が、プリティなんだかは、不明・笑
しかし、お名前、アントワネットだし・・・♪)
でも、本当に、ヴィオラ・ダモーレ綺麗だった。
そして、まだまだ、このお話は続きます。
ピアニッシモから、ゆっくり始まったので、
耳が慣れるまで、すこし時間がかかりました。
やっぱり、会場が大きすぎるのかしらとか、思いましたが、
徐々に、音が出てきたところをみると、
楽器の鳴りに時間がかかっただけかもしれません。
最初の合唱から、魅了されました。
(まあ、でも、冒頭は、もっと、ピシッとしていた方が、
私の好みですが・・・(好みの問題なので)
合唱は一人1パートだし、楽器の編成もものすごく少ない。
ヨハネの初稿はこういう感じだったんだそうです。
楽器は、ピリオド楽器で、そりゃあもう、私の好みです。
ヴィオラ・ダ・ガンバも入っているし。
ただ、チェロの方が、通奏低音で活躍する場面が多かったです。
あと、テオルボという、リュートの握る部分が長く延びたような楽器。
これも、通奏低音にほとんど入っていて、とっても趣がありました。
指でつまびく音というのは、とっても優しく聞こえます。
これに、チェンバロとオルガンが入って、時々、コントラバスも
加わります。
オーボエが二本・・・これが、素晴らしい音で、
時にトランペットのように華やかに、
時にトラヴェルソのようにきらきらと、いろんな音色を出していて、
オーボエと思えないほど、タダものじゃなく凄かったです。
あとは、素敵な女性のコンマスのヴァイオリンと
もう一人男性のヴァイオリン、ヴィオラが一人。
オーケストラの編成はこんな感じ。少ないでしょ。
9曲目のソプラノのアリアを聴いていた時のことです。
この、明るい、単純といえば単純な始まりのアリアを聴いていて、
ふっと涙がこぼれました。
こんな、明るい希望に満ちた曲でなんということでしょう。
受難のシーンでもなんでもないのに。
あまりに、美しいソプラノの声のせいでしょうか・・・
それとも、
「私も、また喜び勇む足取りで、あなたの後についていきます。
決してあなたから離れません。
私の命、私の光よ
歩みを運んでください
止まらないでください
私の手をひき、背中を押し、呼び寄せて下さい」というテクストの
せいでしょうか・・・
この後に起こることの、予感のせいでしょうか・・・
何だか、涙が止まらなくなってしまったのです。
その後からは、もう、すっかり、
この曲にインヴォルブされてしまって、
あんまり、冷静な心では聞いていられませんでした。
歌手陣も、オケも本当に素晴らしく、
また、フェルトホーフェンという指揮者の
パワフルな指揮から織りなされる音楽に
本当に同調し、至福の時を過ごさせていただきました。
ゲルト・テュルクも年を経て円熟した声で、
エヴァンゲリスタを歌い切りましたし、
ステファン・マクラウドのイエス様は本当に適役。
ヴォルフ・マチアス・フリードリッヒのピラトは
その容貌とあいまってひときわ、異彩を放って
圧巻でした。
ペーター・コーイの、比較的静かなピラトに慣れていた私には、
ちょっと、コペルニクス的転回がありました(笑)
そして、ソプラノ・ソロのマリア・ケオハナは
容貌も愛らしく、本当に素敵な声でした。
リビエーノ(ソリストを補強する歌手)のソプラノ、
アマリリス・ディールティンスも
物凄く上手いし、綺麗。
とにかく、みんなものすごい声の持ち主で、
アンサンブルも素晴らしくもう、なんというか、
言うことなし。
ヴィオラ・ダモーレは美しいし。
あると言ったら、テノールのソロがもう少し、
嘆いてくれたら、良かったかなとか。
今回、この曲を聴いて、作品について感じた事を少々。
21bの合唱「ユダヤ人の王様ばんざい!」の、明るさに隠された影とか、
21Fの合唱「私たちには、律法があります。律法によれば、この男は
死罪にあたります。自分を神の子だと言ったからです」の
おごそかな音楽にのった、集団の意志の恐ろしさとか。
音楽は、本当に美しいのに、恐ろしさが聞こえる曲想はすごかったです。
「十字架に!」の方が、まだ、正統法な怖さです。
「ゴルゴダ」はもう、本当に何度聴いても胸に迫る音楽。
バスの聞かせどころです。
終曲の合唱とコラール。
美しさと安らぎに、また、涙が・・・
(やれやれ、ハンカチ2枚持ってきて良かった)
終わった後に、何度も拍手で呼び出され、
笑顔で応えていた、素敵な音楽集団に、
私も心から、拍手を送ったのでした。
終わった後、舞台の上で、かたづけをしている、
コンマスにサインをしていただきました♪
サインをもらって、ちゃんと見ないでお話を続けていたら、
「どう、私のサインは?」と言われ、
あわててちゃんとみて、
「プリティ♪」と感想を言っときました。
(何が、プリティなんだかは、不明・笑
しかし、お名前、アントワネットだし・・・♪)
でも、本当に、ヴィオラ・ダモーレ綺麗だった。
そして、まだまだ、このお話は続きます。